1991年7月24日、福島県田村郡船引き町で、7歳の小学生・石井舞ちゃんが自宅で就寝中に失踪するという衝撃的な事件が発生した。この夜、家には両親、兄弟、祖父母、さらには母親の友人の子供たちが泊まっており、非常に賑やかな環境であった。家の構造は特殊で、1階と2階にそれぞれ玄関があり、1階には祖父母、2階には石井家族が住んでいた。
事件当日の舞ちゃんは、友人たちと楽しい一日を過ごし、夜8時50分頃に父親とともに就寝した。舞ちゃんは午後10時30分頃、母親にタオルケットをかけ直され、最後に目撃された。その後、母親は入浴中に階段を登る音を聞いたが、特に気に留めなかった。
翌朝、舞ちゃんがいないことが発覚し、家族は近隣を探し回るが見つからず、午前6時に警察に通報された。警察は現場検証を行い、家の中には外部からの侵入者の痕跡がないことを確認した。このことから、家族や同居者が疑われることとなり、特に舞ちゃんの父親の経営する会社の従業員であるTが注目された。
Tのアリバイは、複数の証言により検証され、失踪時刻には現場にいなかったことが証明された。しかし、彼の行動には不自然な点があり、警察は依然として彼の関与を疑っていた。舞ちゃんが失踪した際、Tは友人に会うために外出し、その後タクシーで郡山へ向かっていたとされる。この点が彼の動機や関与についての疑念を深めることとなった。
さらに、舞ちゃんの友人たちが後に証言した内容も注目された。彼らは、Tが夜中に舞ちゃんを誘うような発言をしていたと証言しており、また夜中に「優しい女性の声」を聞いたと述べている。この証言は、舞ちゃんが誰かに連れ去られた可能性を示唆している。
警察は、事件発生から1ヶ月間で3900人以上の捜査員を投入し、周辺を徹底的に捜索したが、手がかりは見つからなかった。目撃情報も断片的で、神奈川県や福島県で似たような子供を見かけたという情報が寄せられたが、どれも決定的ではなかった。
この事件は、時間の経過とともに捜査が進展しないまま、控訴事項の成立を迎えた。つまり、15年経過したことで、正式な起訴はできなくなったが、福島県警は現在も舞ちゃんの情報提供を呼びかけている。
舞ちゃんの失踪は、家族や地域社会に深い傷を残し、未解決のまま時間が経過している。舞ちゃんが生存している場合、今は41歳になっている可能性がある。彼女の家族は、今もなお舞ちゃんの帰りを待ち続けていると考えられ、真相が明らかになる日を願っている。事件の記憶を風化させないための取り組みも続けられており、未解決事件の遺族の苦しみは、時間が経つにつれて和らぐことはない。