気象予報士とアイドルの二刀流で奮闘する椿野ゆうこさん。アイドルとしては「Ｚｅｐｐ」で単独ライブをすることが目標という（カメラ・頓所 美代子）
アイドルグループ「ひめもすオーケストラ」のメンバーで気象予報士の椿野ゆうこ（２４）がこのほど、スポーツ報知のインタビューに応じた。アイドルと気象予報士の二刀流として、高校時代に抱いた２つの夢を両方かなえた努力の天才。昨年６月には、公式Ｘで自らが自死遺族であることを公表し、思いのこもった文章が話題となった。３月は統計的に自殺者が多く、厚生労働省の「自殺対策強化月間」に定められているが、椿野は「心のしんどさに目を向けることは何も恥ずかしいことじゃない」と力強く話す。
現役アイドルと気象予報士の二刀流。昨年３月に合格率５％前後の難関をくぐり抜け、昨秋から情報番組の天気コーナーに出演し始めた椿野の１週間のスケジュールはめまぐるしく動く。「火、水曜は朝の番組に出演いたしまして、基本的に週末と平日の夜の数日はアイドルとしてライブに立っています」
生放送の前日は夕方の７時に就寝し、午前２時に起床。天気図を読み込み、画面の順番、種類も自らチョイス。話す内容は原稿に起こさず、自分の言葉で話せるように集中する。「ニュース番組のお天気のコーナーの見方は変わりましたね」と充実の表情を浮かべる。
故郷の京都で自然にあふれた幼少期を過ごした。「ダンゴムシを筆箱に詰めて遊んだり家の横の川でザリガニを捕まえたりするような結構な野性児でした。母が地元の科学センターに勤めていて、科学が大好きになって。気温の変化が子供ながらに大好きで、気温を毎日測ってグラフにしてっていうのを小学校の夏休みの自由研究にしていました」
高校生のころに気象予報士を目指すことを決意し、気象学を学べる大学に進学した。「大学１年で初めて試験を受けて大完敗して、卒業するころにはきっと合格できるレベルの知識と技術がついているだろうと思ってたんですけど、いざ卒業のあたりで再度受けてみると全然ダメで…」
気象予報士とアイドルの二刀流で奮闘する椿野ゆうこさん（カメラ・頓所 美代子）
気象予報士の試験は「気象を扱う法律から雲の成り立ち、世界で見た時の俯瞰した天気だったり、いろんな角度から気象学を網羅した出題が出る」といい、大学卒業後の１年間は対策を立てて猛勉強した。「家にコピー機を用意して、最長で１０時間ぐらい、過去問を印刷してひたすらやりまくりました。大好きな天気が勉強になってしまって苦しい時期もあったんですけど、（合格したことで）天気と楽しく向き合えるようになったのがうれしかった。お天気が興味ない人にも興味をもってらえるように、というのを心がけています」
気象予報士と並行しながら、アイドルとしての夢も変わらず追い続けている。「高校が進学校で、勉強についていけなくて心を病んでいたときに、アイドルに出会ってすごく助けられた。欅坂４６の長濱ねるさんが好きだったんですけど、握手会に行ったりして、本格的にアイドルに支えられて…。自分も誰かを助けられるようなアイドルになりたいなと思い始めました」
大学１年生の夏、椿野さんが好きだったグループの所属事務所が、新グループを結成するというニュースを見て「ひめもすオーケストラ」のオリジナルメンバーに応募。見事合格して大学のある水戸から毎週レッスンに通い、卒業後は東京を拠点に活動している。気象予報士とアイドルの夢。「どちらか諦めなければいけないとは思いませんでしたか？」と尋ねると「全然思わなかったです」と即答で返ってきた。
「両方できるにはどうしたらいいかな、と考えながらやっていました。気象予報士をやっていることで、アイドルの活動にもプラスになることもあるだろうし、逆にアイドルをやっていることで、気象予報士として覚えてもらえるかもしれない。アイドルのときはアイドル、勉強するときは勉強するぞと決めて、そのときは集中しています」
未経験で飛び込んだアイドルの世界だったが「想像以上にすごく楽しかった」とほほえむ。「最初は『自分なんかにファンの方がつくのかな？』って思っていたんです。でもすごくたくさんの方に応援してもらえて『生きがい』と言ってもらえる。それは自分が最初にアイドルを目指したときの目標でもあったので、すごくうれしいですね」。自分の存在が、誰かの背中を押すことがこの上ない喜びだと明かす。
昨年６月２１日の夜、椿野さんはＸで長文の投稿をした。
「ずっと隠し続けてたことなんですけど、実は私は自死遺族です」。告白から始まるポストは、父を自死で失ってからの心の葛藤や、同じ境遇の人の力になりたいという思いが、素直な言葉でつづられた。「私、誰かの力になりたくて、誰かの笑顔の理由になりたくてアイドルをしています。すごくおこがましいですが、私が元気にアイドル活動することで、少しでも明るい気持ちをお届けできたらいいな」。ひたむきなポストは多くの人の胸を打った。
そのときのことを椿野は「ファンの方で、自分と同じ境遇の方がいるというのを知って、そこで何か力になれたらなという思いでポストしました。アイドルを目指した理由も誰かの力になるためだったので、ここで発言することが正解なのかなと思いました」と振り返る。何時間もかけて悩みながら文章を考えたという。
父が突然この世を去ったのは２０２１年のこと。気象予報士を目指して勉強中の椿野に本を贈ってくれるなど、優しい父だった。「急に電話があって、現実のことじゃないみたいな感じでした。そのときは結構受け止めきれていなかったので、逃げるような考え方をずっとしていました。信じたくないっていう気持ちの方が大きくて…」
椿野自身は、父の選択に予兆のようなものを感じたことはなかった。「私は全然知らなくて、気づけなかった。ひとりで抱え込んでしまうタイプだったのかな、気づいてあげられてたらな、と思いました。そのあと調べたり、記事を読んだりしていると、やっぱり心の中で抱えていることを隠してしまう方が多いんだと知りました」
父のことを公表することはためらっていたが、椿野さん自身も自死遺族のブログや投稿に救われたこともあり、覚悟を決めた。ポストして以降、たくさんの反響があった。「同じ立場の方で共感してくださる方が多くて、公表してくれたことで『すごく力になった』っていう方がいらっしゃったことにまず驚きましたし、一方でこの投稿をすることで傷つく人もいるのではないかと…」。今でも自問自答が続く。
３月は、新生活のタイミングや気候の変化なども相まって自死を選ぶ人が統計的に多いとされている。椿野さんは「心の病、心のしんどさに目を向けることは、何も恥ずかしいことじゃないことだってことをもっと知ってほしい」と語る。
「体が風邪をひくのと一緒で、心が風邪をひいてしまうときもある。それは恥ずかしいことではなくて、自分なりに調べたり、専門の機関を頼ったり、周りに頼ってもいいと思います。私は『一緒に』という言葉をすごく大切にしていまして…。ファンの方と一緒に、とか、メンバーと一緒に、とか。ひとりじゃないよっていうのをとにかく思っています」
ポストの結びでも、椿野は「幸せになっていいんです。みんなで一緒に長生きしましょう」と呼びかけている。異色の二刀流アイドル・椿野ゆうこはこれからも誰かの笑顔のために熱く、ひたむきに進んでいく。（宮路 美穂）
◆椿野 ゆうこ（つばきの・ゆうこ）２０００年８月１日、京都府出身。２４歳。茨城大理学部理学科地球環境科学コース（気象学専攻）卒業。在学中の２０年７月、「ひめもすオーケストラ」のオリジナルメンバーとして活動をスタート。２４年３月に気象予報士登録。趣味は空を眺めること、ウクレレ弾き語り、ラーメンなど。２４年秋よりＴＯＫＹＯ ＭＸの「おはリナ！」に気象予報士として出演中。
