日本で開幕戦を終えたドジャースとカブス。NumberWebでは大谷翔平とドジャースを深掘りして、話題になった記事を再公開します。今回は、大谷の同僚「ベッツの本音」です。<初公開:2024年10月11日>
それは2024年2月、ドジャースのスプリングトレーニングが始まるときのことだった。
ベッツが大谷を語った“最初の言葉”
史上最高額7億ドルの契約で加入した大谷翔平の話題で持ち切りだったチームは、まさにフィーバー状態。普段とは比較にならないほど多くの報道陣が詰めかけ、チームにいる選手たちはみな大谷について聞かれた。
ムーキー・ベッツも例外ではなかった。しかもクラブハウスのロッカーが大谷と隣同士だったため、2人のスターがどんな会話を交わしたのか多くのメディアが知りたがった。ところが……。
「ずっとトレーニングルームにいたから、まだ話をしていないんだ」
現地メディアからのいきなりの質問に対するベッツの答えは、思いがけず素っ気ないものだった。
そりゃそうだ。ベッツだってスーパースターだ。まずは自分のことが第一。話題ものに興味津々な普通の人々とはやはり違う。あのときは、そんなふうに思った。
複雑な表情「オオタニにはかなわない」
それから半年以上が過ぎ、ベッツにとって大谷の存在はずいぶん大きなものになっていた。1番大谷が特大のホームランを放つ。するとネクストバッターズサークルにいる2番ベッツは、あまりの飛距離に呆然としたような表情で打球の行方を目で追いかける。そんな姿を何度となく見かけた。
「これまでの人生すべてを練習に費やしてきたというくらい練習して、誰にも負けない選手になると思ってやってきた。でもどんなに必死に頑張っても、ショウヘイ・オオタニにはかなわない」
レギュラーシーズンが終わる頃、ベッツはそう言った。
米4大ネットワークABCで放送されている人気トークショー「ジミー・キンメル・ライブ!」の9月下旬の回に出演したときのことだ。大谷と自分と、どちらの方が足が速いと思うかとキンメル氏に問われたときには、こう答えた。
「僕がオオタニと競走して勝つ可能性は、ノーチャンスだね。誰と競走しても彼が勝つよ」
吐露した本音「どうすればいいのか」
ベッツにとって今季は激動のシーズンだった。長年慣れ親しんできた右翼のポジションから二塁手に本格的に転向することになり昨オフから守備練習に取り組んできたが、開幕直前で急遽、遊撃をやってくれと言われて引き受けた。しかし、いくら右翼手としてゴールドグラブ賞に6度輝いた守備の名手でも、最も負担が大きい遊撃をほぼぶっつけ本番でこなすのは並大抵のことではなく、シーズンに入ってからはミスが目立った。そうこうするうちに6月16日の試合で死球により左手を骨折。長期離脱し8月12日にようやく復帰したときには遊撃ではなく再び右翼に戻り、打順は大谷とスイッチするかたちで2番に移ることになった。
2014年のメジャーデビューから10年間、出場試合の約80%でリードオフを打ってきて、今季も骨折離脱まで一貫して1番だったベッツにとって、2番への転向もまた簡単なタスクではなかった。しかも積極的に走る大谷の後ろを打つ難しさは、それまで経験したことのないものだ。
密かに悩みを抱えていたのか。ベッツは、自身がホストを務めるポッドキャスト「オン・ベース」の9月中旬の配信で、ゲストに呼んだブレーブスのオジー・アルビーズ内野手にこんな質問をしている。
「オジー、君はアクーニャの後ろを打っていたよね。僕は今、ショウヘイの後ろを打っている。それで2番打者というものを学んでいるんだけれど、ショウヘイが一塁にいるとき、彼が走るまで待たなければいけない感じになるよね。そんなときどうすればいいのか教えてほしい」
“打って走る”大谷の後ろを打つ苦悩
アクーニャというのは、2023年シーズンに41本塁打、73盗塁という驚異的な数字を残しナ・リーグMVPに輝いたブレーブスのロナルド・アクーニャJr.外野手のことだ。アルビーズは答えた。
「アクーニャはこう言ったよ。僕は1球目で走る。もし1球目で走れなくてそれがボールだった場合は、もう1球走るチャンスをくれと。だから僕は、1ボール1ストライクのカウントまで走りたいんだね、全然問題ないよと返事をして、互いの意識を確認し合った。あるとき、盗塁を執拗に警戒してくるような相手と対戦したんだけど、そのときアクーニャはまた言ったんだ。相手は僕が盗塁をするつもりだと思っているはずだから、たぶん速球を投げてくる。そのときは思い切り打ってくれとね」
大谷やアクーニャのような選手の後ろを打つことは苦労もある代わりにメリットもあると指摘しながら、アルビーズは続けた。
「走りたいときは走らせる。走らせなきゃいけないよ。それが得点にもつながるんだからね。僕は結構、詰まらされて逆方向へポテンヒットを打つことがあるんだけど、そんなヒットでもアクーニャのおかげで打点が付く。そうやって、僕の方が助けられた部分もあるんだ。僕は昨季、自己ベストの109打点を記録したんだけど、人からはよく、どうやってそんなに打点を稼いだんだって聞かれたよ」
ベッツは話を聞きながら、ときどき相槌を打ち、何度もうなずいていた。
あのベッツが漏らした「自分よりうまい」
アルビーズとのトークが収録されたのはドジャースが9月中旬にアトランタ遠征をした際のことだと思われるが、大谷はこの遠征の直後から怒涛のごとく塁を盗んでいる。9月18日の敵地でのマーリンズ戦から5試合連続盗塁をマークし、その5試合で計7盗塁を記録。シーズン最後の11試合で11盗塁というハイペースだった。ベッツのケガ離脱後、1番に抜擢されてから盗塁は増えてはいたが、5試合連続成功はなかったし、5試合で7盗塁という量産もそれまでなかったことだ。そして8月18日以降の盗塁は、ベッツの1球目で決めることが多かった。1回の第1打席に出塁したかと思うと初球で電光石火のごとく盗塁を決めたこともある。1球目で走れなかったときは、2ストライク後の4球目などに走っている。
ベッツはアルビーズとの会話の中でこうも言った。
「たとえば自分が少年野球チームにいたとして、自分よりすごくうまい選手が同じチームにいたとしたら、その子にやりたいようにやらせた方がいいんだよね。それがチームワークということだよね。チームの勝ちにもつながるわけだから」
2番打者について語り合ううちに、1、2番コンビの理想的なかたちに対する思いを強くしたベッツ。そして慣れない打順に順応しながら、シーズン最後には大谷と息の合う1、2番コンビを完成させていた。ベッツの思いは、大谷のシーズン最後の快進撃につながっていたに違いなかった。