ドジャースの監督、デーブ・ロバーツは「オオタニはメジャー最高の選手」と公言して憚らない。だが一方で、彼は決して大谷翔平を特別扱いしない。
メッツと対したリーグ優勝決定シリーズ、第5戦のことだった。ロバーツは試合中のテレビ中継でこう言及したのだ。「初回の内野ゴロでショウヘイは(三塁からホームへ)走らないといけない状況だった。でも止まってしまった。それで流れを相手に渡してしまった」。この発言に日米メディアは色めき立った。試合後すぐに“異例の苦言”の見出しが躍った。
公の場で大谷について批評めいた言葉を発するのは、これが初めてのことではなかった。
リーグ優勝後に抱き合う大谷翔平とロバーツ監督 ©JIJI PRESSすべての写真を見る(185枚)
大谷が月間打率1割台というスランプに陥った、8月中旬のことだ。ロバーツは次のように語っていた。
「打席での流れが一貫していないと思う。ストライクゾーンが見極められておらず、スイングの判断がよくない。ここ3週間、四球率がかなり下がっている」(地元紙『オレンジ・カウンティ・レジスター』ビル・プランケット記者/現地8月18日記事)
監督が不調の選手について言及する。極めて一般的な風景である。一方で、10年総額1000億円の巨額契約、史上初の50-50……と、大谷の実績が報じられるたびにこうも思った。前代未聞のスーパースターにおもねることなく意見できる監督なんているのだろうか。だからこそ、ロバーツの客観的な発言や態度は新鮮だった。
ロバーツが指摘した「“四球数”と“構え”」
リーグ優勝決定シリーズ第2戦、敗れた試合後の会見。その日ノーヒットに終わった大谷の状態について記者から問われたロバーツの言葉だ。
「オオタニは相手投手(メッツのマナイア)を打ちづらそうにしていた。オオタニは身体に近いボールを捉えるのが得意だから、相手は逃げていくボールで攻めていたね。それでも投手交代後、彼は四球を2つ奪った。最低限の仕事をした」
大谷のコンディションを見極めるとき、ロバーツは「四球数」「打席での構え」を目安にしていたことがわかる。意外にもシンプルな指標だ。当の大谷も「投手を見るときに正しい姿勢をとることは、本当に重要なことだと思う」(前出・地元紙)と語っている。身体から離れる球へのケア、構えから打つまでの流れ、ストライクゾーンの見極め。ロバーツと大谷の解釈は一致していた。
「どの選手に対しても公平。メンタルが安定している監督だ」。ロバーツをそう評するのは、負傷でポストシーズンに出場できなかった投手、タイラー・グラスノーだ。
「失望を隠せなかった」ブーン監督
たしかにロバーツはどこまでも冷静だった。象徴的だったのが、ヤンキースとのワールドシリーズ第1戦、あのフレディ・フリーマンによるサヨナラ逆転本塁打直後の会見である。
敗れたヤンキース監督、アーロン・ブーンが記者会見場に現れたのは、フリーマンの逆転弾からおよそ20分後。球場をなかなか去らないドジャースファンの咆哮が、静まり返る会見場まで届く。フリーマンの前を打つ2番ムーキー・ベッツをなぜ敬遠したのか。9月18日以来投げていないネスター・コルテスをなぜ登板させたのか。追及を受けるブーン。
「コルテスはこの数週間、いい球を投げていた。この日に向けた準備も整っていると感じていた。(1死一、二塁で迎えた)ショウヘイからダブルプレーを取ることも難しいだろうし、後ろにいるムーキーとも厳しい対戦になる。だから左のコルテスで左のフリーマンと勝負するのが最善策だと考えた」
ワールドシリーズ第1戦、あのフリーマンのサヨナラ逆転本塁打後の会見。ヤンキースのブーン監督 ©NumberWeb
ブーン監督の表情。その声色からも失望が隠せなかった ©Getty Images
大きな賭けに敗れたブーンの声色には失望が滲んでいた。
わずか3分で終わったヤンキース監督の会見後、フリーマンが現れた。その顔は紅潮している。自分が放ったサヨナラ本塁打は現実なのか。確かめるように会見中、両手で幾度となく顔を拭っていた。その後に登場したのが、ロバーツだ。試合終了から40分が過ぎていた。
サヨナラ逆転本塁打後の会見。フリーマン本人も顔が紅潮していた ©NumberWeb
会見中には満面の笑みを浮かべる場面もあった ©Getty Images
「興奮しているよ」は本当なのか?
「デーブ、おめでとう。フレディの一発を見て何を思ったか」。熱を帯びる記者の口調とは対照的に、ロバーツは平然としていた。
「最高の瞬間だった。イニングが始まったときは、いかにしてショウヘイに打席を回すかということを考えていた。相手はムーキーを敬遠させてフレディと対戦することを選んだ。その時点でいい予感があったね。興奮しているよ」
口では「興奮している」と言った。だが、その話し方からは、彼がサヨナラ勝ちした直後の監督だとは判断できまい。ポストシーズンの間、ドジャースタジアム会見場のロバーツはいつもこんなトーンだった。チームの内情、自身の心境を悟られまいと警戒するわけでもなければ、赤裸々にすべて明かすわけでもない。拍子抜けするほど淡々としていた。
ブーン監督、フリーマンの会見後に現れたロバーツ監督 ©NumberWeb
「興奮しているよ」と語ったもののじつに淡々とした会見だった ©Getty Images
大谷が左肩を負傷したワールドシリーズ第2戦直後もそうだった。アメリカ人記者はこぞって大谷の肩の状態を問うた。ロバーツは最初の回答で「亜脱臼であること」「検査を受けて今夜か明日に詳細がわかること」「肩の動きは悪くないため悲観していないこと」に言及した。その時点で把握している情報をすべて伝えているように見えた。それでも質問は続く。二塁ベースで何が起きていたのか。大谷が受ける検査とは具体的に何か。大谷が離脱したらどう対応していくのか。この日好投した山本由伸に話題が移ろうとも、すぐに大谷に戻った。会見は6分半に及んだ。連勝した余韻は消え、大谷の緊急事態を説明するための場と化していた。
「さっきから同じ回答をしているじゃないか」。そう憤っても不思議ではない。それでもロバーツは一度も苛立つ素振りを見せず、すべての質問に答えた。この男の本音はどこにあるのか。敗れた試合後にこそ人の思考は表れるはずだ。批判的な質問に対してロバーツはどう応じたのか。